新聞の新刊広告で恩田陸著「夜のピクニック」という書名とリュックを背負った少年少女たちを描いた表紙の写真を見たのは確か昨年の7月末。ぜひ東京知道会の会報に登場していただきたいと手紙にてインタビューをお願いしたのがちょうど昨年の今頃(8月中旬)。9月初旬に「インタビュー受けます」のご返事をいただくことができて、実際にお目にかかってのインタビューが可能となった。すでにたくさんの著書を出している作家にもかかわらず、実にシャイな感じで、笑顔のかわいい素敵な女性が現れた。「先輩方の前で緊張しています」と言われた私たちのほうが「えーそんなー」ときょとんとして、でもよーく考えたら「確かに年は上だから先輩であることに間違いないけど」とこちらが恥らってしまう雰囲気でインタビューを始めたことが思い出される。あれからあっという間に「夜のピクニック」はみんなに読まれ、2005年3月に吉川英治文学新人賞受賞、2005年4月に本屋大賞受賞。そして今2005年8月、水戸では「夜のピクニック」の映画撮影が進んでいる。以下、東京知道会会報58号(平成17年1月15日発行)に掲載された恩田さんのインタビュー記事を本人の了解の下、「こんな同窓生がこんなところで活躍しています」の1号記事として掲載します。

(東京知道会会報第58号から)
【恩田陸さん(昭和58年卒)インタビュー】 歩く会が小説の舞台に 〜「夜のピクニック」著者〜

--【歩く会を主人公に】
「歩く会をストーリーの背景にしたきっかけは?」「もともと歩く会はテーマになると思っていたんです。歩く会を主人公にしたものを書こうと。ギクシャクした友人関係から互いに歩み寄り、和解する一夜完結のストーリーにしようと決め、1年がかりの連載で書きました。」

--【実際に歩いた!】
それにしても、歩く会のリアルさがすごい。この本を読み進むうちに何十年も前の体験なのに、とっくに忘れたと思っていた感覚が視覚、聴覚も含めて蘇ってくる。坂道を歩く時のあのどうしようもないだるさまで足が思い出してきた。58年卒の恩田さんがどうしてここまで覚えているの?との疑問に「実際に学校に取材を申し込んで、在校生と一緒に歩いたんです。」120%納得。しかし、「歩く」といっても半端な距離ではないのは承知の上。学校に迷惑はかけられないと思い、歩く会までの1ヶ月間、毎日2時間10キロの荷物を背負って歩くトレーニングをしたそうです。結果はもちろん『完歩』。いざ小説を書き始めてみると、実際に歩いて思い出したことに加え、書きながら思い出すこともたくさんあったそうで、結果歩く会の様子がより現実的になったとのこと。

--【登場人物はあなたのそばにも】
物語に登場する高校生4人(転校した1人を加えると5人)のひとりひとりが個性的で魅力的。それぞれにモデルがいるのだろうか。「モデルはいませんが、それぞれに自分の一部が入っています」とのこと。恩田さん自身のいろいろな思いを、登場人物にゆだねているようだ。「またメインのストーリーとしては端役ながら、私が読んでいて愛着を覚えた登場人物がゾンビこと高見君。自分の高校時代にも、彼のように我が侭のようで実は思いやりのある、なくてはならない存在の級友がいたような気がしますが、彼も恩田さんの一部?」「いえ、彼の場合はちょっと具体的にイメージありの人。どのクラスにもこういう人っていましたよね。」と笑った。

--【描いたのは1980年代】
読んでいるときは全く意識しなかったが、「夜のピクニック」は1980年代を設定して書かれたそうだ。「携帯電話もゲームも出てこないし、ジュースも一本百円でしょう。」と言われて「なるほどそうだ」と初めて気がついた。83年卒の恩田さんの「これは個人的な卒業アルバムのような感じ。」という言葉で、リュックを背負って歩いたあの時の気分になりきり一気に読んでしまった感激を思い出した。そう、この小説を読みながら、実は私も恩田さんの言葉に助けられて自分のアルバムをめくっていたのかもしれない。

--【「恩田陸」さんの青春時代】
「父は金融関係勤務で転勤族でしたから、何回も引越し、転校しました。水戸にいたのは中3から4年間。入学から卒業まで一つの学校に初めて在籍できたところが水戸一だったんです。だからとっても親しみを持ったし、高校生活楽しかったです。水戸一の生徒ってなんか似たもの同士っていうところがあって、話が通じるところが多く『友達としゃべるのは面白い』と思いました。」文化部を複数掛け持ち、学園祭には軽音にも加わったとのこと。土曜の午後など音楽の田口先生がコンサートを開催、生徒たちが楽器を演奏したりすることもあったそうだ。

--【恩田陸の作家活動】
26歳の時に日本ファンタジーノベル大賞最終候補となった「六番目の小夜子」デビュー。作家としての背景や活動について伺った。「こんなに早く作家として独立できるとは思っていませんでした。いつか小説を書いてみたいと思ったのは小学校くらいの時かな。そうですね、父が本好きだったのでわりと小さい時から本に囲まれた生活でした。今、1週間あたりの連載は2、3本。初めから単行本と言うわけではなくて、大抵雑誌などからの連載依頼原稿があってそれを書きあげた結果、単行本になるというケースが多いです。締め切りに追われるから日々結構忙しいです。お休みというのはあまり意識してないですね。気分転換は気のあった友人たちと飲むこと食べることですね。」ペンネームの『恩田』という苗字は、「以前やっていた『やっぱり猫が好き』というテレビ番組に出てくる恩田三姉妹から、『陸』は性別がわからない名前ということでつけた」という説明に一同ほわーん。ファンタジー、SF、ミステリー等既に30冊近く出版で、人気作家の恩田陸さん、「自分ではエンターテイメント作家と思っています」とのこと。今後は大学を舞台にしたものや、親子三世代の大河ものを書いてみたいと小説への夢が更に膨らむ。

(記事:萩谷清子(48卒)、企画:荻野孝野(42卒))

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